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透明【とうめい】   すきとおること。くもりなく明らかなこと。「無色――」   岩波書店 広辞苑第五版より 

 

 

 

 


















プロローグ    日常に潜む狂気 

 







「昨日の臨時ニュース見た?」

「連続殺人のでしょ」

「違うよ、連続目玉くり抜き事件だよ。またやられた人出たんだって」

「うええ……気持ち悪いなあ」

 

 

 私は友達数人と一緒に学校へ向けて通学路を歩いていた。

 今朝の話題は、昨夜に報道された臨時ニュース。

若い彼女たちは、世間を騒がす噂に誰一人遅れることなくついていく。もちろん私も知らないわけではない。私だって、自称は普通の女の子なのだから。

私の名前は九里谷純(くりやじゅん)。

 十五歳で高校一年生。

 友達はできて毎日楽しい。勉強は難しいけれど何とかついていけている。中学生時代と同じく吹奏楽部にも入部して、厳しい練習にも耐えて腕を磨いている。変わった環境にようやく慣れてきた、そんな六月のある日、世間は恐ろしい事件で騒がしくも、日常の光景が繰り広げられていた。

 あとは彼氏の一人できれば、まさに青春真っ盛りと言えるのだが。

「ジュン、どしたの、ボーっとして」

「んー……なんでもない」

「変なジュン。目ぇ取られちゃうよ」

 冗談半分で言ったのであろう友人の言葉に、残りの友人たちも声を揃えて笑う。

 私も一応笑っておいた。

 

 

 その日、帰りの会でプリントが配られた。

 今、世間を騒がすその事件をとりあげ、一人ひとりに注意を促すもの。

 そのプリントに書いてあることを担任が読み上げていくが、果たして視覚と聴覚の二方向から訴えかけたところでこの教室の何人の脳にそれは残るのだろう。

 おそらく大半の人間は、漠然とした不安はあっても手の施しようがないため、とりあえずは気にしないで変わらない生活を送ろうと考えているのだろう。そういう意味ではこの犯罪者は雷に似ているのかもしれない。雷は撃たれれば大変なことだが、だからと言って誰も周到な対策を以(もっ)て外には出ない。自分に落ちることはないだろうとの侮り、あるいはどうしようもないのだからじたばたしても仕方がないという諦観のどちらかを、ほとんどの人間は抱いている。あるいは両方。

「死者はまだ出ていないが――」

 そう考えると別に大したことのないように思えてくるのは、私だけだろうか。

「被害者は例外なく両目をくりぬかれた状態で数日後発見され――」

 なんとなく窓から外を見やると雨が降り始めていた。

「被害者の年齢層も幼稚園児からお年寄りまで広く――」

最後の授業のときはただの曇天だったのに。傘を忘れた。けれど友人の傘に入れば駅までは無問題だ。

「犯人の特定は非常に困難で、対策としては可能な限り単独での登下校を避けること、どうしても一人になった時は――」

 対策と言ったって気休めにしかならない。被害者には必ず、どうしてもカバーできない、犯罪者にとって絶好の隙があるものだ。それのある人間が被害者となるのだから。

「東京での犯行はまだないが、関東で残っているのは東京と茨城だけで――」

 私にできることだって何もない。結局はいつも通りの日常が来るだけだ。

 そう思っていた。

 ドロロロ、と雷の音が外で小さく轟いた。

 

 

「今日の体育は中で卓球だって」

 一時間目と二時間目の間に、体育係の女子がそう言いながら教室に入ってきた。

 昨日降り始めた雨は、18時間以上経ってもまだ止まなかった。

 雨は好きでも嫌いでもないが、ここまで降られると気が滅入る。

「ジュン、何見てるのさー。外を睨んでたって雨は止んでくんないよ。てか窓閉めて、雨入ってくる」

「ん……わかった」

 そう言って視線を教室の中に戻そうとしたとき、窓の外で何かが蠢いたような気がして私はつい顔を出して見降ろした。

 何もいない。

(何かがいたような気がしたんだけど……)

 わたしはそれについて考えを巡らせて。

「ねえマユミ、もしかしたら例の犯罪者って、この雨にまぎれてたりとかするのかな」

「はあ? そうかもしれないけど……こんなとこにいないでしょ」

 その結果を述べても、友人には届かなかったようだ。

 届いたところでどうということはないが。

 その犯罪者が、この近くにいるという証拠はどこにもない。

 そして、いないという証拠もまた。

 

 

 雨は丸一日以上降り続いている。

 部活動が終わっても、空は相変わらずの灰色で、やみそうにない雨を落とし続けていた。

 片付けをしながら窓の外を眺めていると、クラスメイトでもあるマユミにこう言われた。 

「ジュンはさ、ボーっとしてるから、なんか例の犯罪者に狙われそうな気がする」

「そうかな」

「とりあえず、その目が危ないから」

「目か……難しいよ」

 確かに私は目が大きい。自他共に認めるほど。

 けれどそれを誤魔化そうと目を細めてみれば妙にバランスが崩れるし、そういつもいつもそれを保っていたら顔の筋肉が疲れてしまう。

「いいよ、このままで」

 そう答えていた。

 どっち道、大きな目を持つことだけが犯罪者に捕まる要素ならば、もっと大勢の人間が被害に遭っているのだろうから。

「それに髪黒くておとなしそうだからね。実際おとなしいほうだし、犯罪者にとって絶好のカモってやつ?」

「もう……やめてよ、そんなこと言っといてよりによって私が目をくりぬかれるなんて……」

「あはは、そうだよねー」

 けれど、ありえないという裏付けはどこにもない。

 

 

 連続眼球抉摘(けってき)事件。

 目をくりぬかれる一連の事件を、ニュースや新聞といったマスメディアではこう呼んでいる。

 件数を増すごとに被害者の証言が増え、私でもようやくその全体を把握できるようになっていた。

 犯人は関東地方を中心に犯行に及ぶ。

被害者を捕まえ、どこかに連れ去る。

 そして被害者の両目をくり抜き、彼もしくは彼女の目以外の部分を、彼らを捕まえた場所の近辺で返す。ちなみにその時の被害者は気絶させられているという。

 犯行としてはこのような感じで、毎回同じ調子で繰り返される。この手口が最初に「報告」されたのは三ヶ月ほど前だ。

 だが、犯行が同じ手口の割に犯人は捕まらず、依然として犯行が続いている。「目玉は頂いた」のような馬鹿馬鹿しい書き置きや、指紋や髪の毛、汗などといったものを残さないのはもちろんのこと、それにはいくつか理由がありテレビなどでも強調して報道されていた。

 第一に犯人の行動パターンが不規則。

 どこかで犯行に及んだと思えば、半月後に隣の県で同じことが起きる。そうかと思えば神奈川県でそれが起きた翌日、青森で同じ事件が発生したなんてこともあった。ちなみに犯人は関東以外での犯行件数はほとんど0に近い。東北まで出たのはこの一回、九州で二回。他では犯行に及んだ形跡はないという。関東を中心に行動しているということ以外は時と場所がバラバラで、まさに神出鬼没だ。

 第二に犯人像の特定が非常に困難。

 先の神奈川から青森の移動にしても、一日で長距離移動を行う「足」があるのか、なにかトリックがあるのかそれとも犯人が複数いるのかそれすら分からない。

 狙うのは幼女だけ、などというものではなく、彼(もしくは彼女)は老若男女関係なく手をつける。そのため性癖すら分からない。

 第三に犯人の目的意識が不明。

「返された」被害者は眼球以外何も取られておらず、男女ともにそこ以外の肉体的な損傷もなければ強姦された痕もない。金銭及び性的欲求ではないとされ、おそらくは犯罪自体に嗜好があるとされているが、不詳。

 プロファイリングといった方法も取られているらしいが効果は薄いという。

 これら三つの理由から、今日も犯人は捕まるどころか目撃さえされずにどこかに潜んでいる。

『出て来いよ! 卑怯な目ん玉くり抜き野郎!』

 テレビが突然大音量を発し、びっくりした私は朝食後にゆっくり飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

 テレビの音量が大きくなったのではなく、その中にいる司会者が叫んでいた。

「お母さん、朝からこの人の顔見たくないから変えていい?」

「あーんだめだめ! お母さん見てるんだから!」

 甲高い声で叫ぶ私の母は台所にいる。見ているのではなく聞いていると言ったほうが正しいのだろうが、とにかくこの良くも悪くも知名度の高いグラサン司会者の言葉に注意を払っているようだった。

(あの人、おとといの夜の番組では『ある意味面白いんじゃない?』なんて言っておいてよく言うよ……)

 そう思ったが、母は彼が好きなようなので黙っておく。

『罪のない人間の目ん玉くり抜いて何が楽しいってんだ……!』

 今頃その犯人も、どこかのテレビでこの(あからさまな演技で)怒りに震える司会者を見ているのだろうか。

 ここまで完璧に犯罪を続けている人間だ。きっと気にすることもなく、むしろほくそ笑んでいるのかな、と思った。






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