空の庭

 

 

 

「空の庭って、知ってますか?」

訪れた田舎の村で俺にそう尋ねてきた女の子のその長い髪は、根元から先まで銀色に輝いていた。

 

 

右も左も分からない場所で、俺は倒れていたらしい。

要は、旅の途中での行き倒れだ。

そんな俺を今まで介抱してくれた人間が、今目の前にいる女の子らしい。

そして目が覚めた俺に、大丈夫かと聞いた次の言葉が、これだった。

 

 

 

知らない、と俺は答えた。

すると、その銀髪の女の子はとても残念そうな顔をした。

が、その表情もいつまでも続くことはなく、すぐに笑顔に戻ってから、俺に聞いてきた。

見ない顔だが、この村の者ではないようだが、旅人なのか、と。

俺は頷くと、その女の子はさらに笑顔になった。

うちでご飯を食べないか。

泊まっていかないか。

そう言った。

若い男を招き入れることに恐怖や抵抗を感じていないのだろうか。

俺は疑問に思った。

しかし、その女の子は活き活きとした表情で俺の顔を見つめ、返事を、それも承諾の返事を待っている。

確かに食べる当てもなければ、寝る当てもない。

都合も良かったので、もう一度頷いた。

女の子はますます笑顔になり、軽快に歩き出す。

俺はそのままついていく。

その女の子の、やや後ろを。

目の前で揺れる彼女の髪に、目を奪われる。

日本人のようだが、その髪は一本残らず陽光を浴びて、美しい銀色に見えた。

ふと、その女の子が足を止めた。

先ほど、旅人だと聞きましたが。

振り向きざまに、そう聞いてきた。

近い言い方ならそうだ。

俺がそう返すと、

それならどこかで、空の庭の話を聞いたことはないか。

その女の子は、重ねて聞いてきた。

また、空の庭か。

口には出さなかったが、俺はそう思って少し呆れた。

まったく聞いたこともない。初耳だ。

そう答えた。

そうですかと言って、その女の子はうつむく。

笑顔が消えた。

なぜだか、自己嫌悪に陥った。

しかし俺は、本当に知らないのだ。

だから、その女の子に聞いてみた。

それは、何かの伝説なのか、と。

すると女の子は、今までで一番輝く笑顔で。

傾き始めた太陽よりも眩しい笑顔で、嬉々として語り始めた。

 

 

この広い空のどこかに、小さな庭が浮かんでいる。

それは、雲のように動き続けて。

そこには花が咲き乱れて。

そこには綺麗な水が沸き続けて。

昔から今まで、ずっとそうある。

 

 

まるで無垢な笑顔で、俺に語った。

それを聞いて俺は、ますます呆れた。

ため息が漏れ、そのまま言葉が続く。

空に庭が浮かんでいるものか。浮かんでいるものは雲くらいだ。

すると、女の子は意外にも素直に返した。

そうだ、と。

だがその後、すぐに前言を打ち消した。

でもあるんですよ、この空には。

と。

なぜこうまで、ありもしないものを信じ続けているのだろう。

伝説なのか知らないが、見た目にも十五歳くらいだ。

そんなものを信じ続ける歳でもないはずだ。

空の庭の、何がそんなに彼女をここまで信じさせるのか。

そう思っていると、前を歩く女の子が足を止めた。

 

 

古い大きな家が、俺たちの目の前にある。

木の表札を、声に出して呼んでみた。

すると、女の子が反応した。

それはおばあちゃんの苗字だと。

そういえば、まだ自己紹介をしていなかったと。

銀色の髪の女の子は俺のほうに向き直り、

小さな口から澄んだ声で名乗った。

如月雪羽(きさらぎゆきは)。

それが、彼女の名前だった。

そして雪羽は、俺に名前を聞く。

あなたはなんというのか、と。

聞かれるままに、俺は自分の名前を名乗った。

それから雪羽は引き戸を開け、大きな声でただいまと言った。

返事はない。

とりあえず上がって、と促され、俺は言われるままに靴を脱いだ。

脱いだ靴を揃えていると、奥の暗がりから老婆がぬっと現れた。

俺が何かを言う前に、雪羽はその老婆と話を始める。

単刀直入に、行き倒れになった俺をここに置いてくれるよう頼んでいた。

大体を雪羽から聞くと、その老婆は俺のことを、目を細めて眺める。

その細い眼に、若干の不安の色があることを俺は見逃さなかった。

男を連れ込んだら、孫娘が危ないのではないか、そんなものではない。

なにかもっと、根源的な不安をその瞳には宿らせていた。

そのまま、じっと眺められる。

そして、次に出た言葉は意外にも承諾だった。

雪羽が連れてくるようなら、きっといい人なのだろうと。

初めて雪羽が連れてきた人だからと。

好きなだけ泊まっていいらしい。

この老婆も、男の怖さを知らないのだろうか。

しかし、俺としては泊めてもらえる以上、何も言うことはなかった。

そして俺は場の空気に流され続け、気がつけば空き部屋に荷物を置き、

気がつけば三人で鍋を囲み、

気がつけば俺の出てきたところの話になっていて、

気がつけば湯船に浸かっていて、

気がつけば布団の中にいた。

 

 

 

何日ぶりかに柔らかい布団で寝たせいか、逆に肩が凝っている。

俺は手元の大きなバッグから服を引っ張り出し、それに着替え、今までいた部屋の扉を開けた。

階下では食べ物の匂いがする。

腹が減っている。

二つの情報は、ほぼ同時に俺の頭に流れ込んだ。

食べ物に引かれるように、俺は階段を下りていく。

 

食べ終わったらこの子を学校に送ってくれ。

食事中、老婆は俺にそう言った。

理由は分からなかった。

しかし、どの道やることもなかった。

俺は了承すると、そばの女の子、雪羽は手放しで喜んだ。

 

 

俺は道を知らないので、雪羽の後ろについていく。

涼しい。

秋晴れの下、俺と雪羽は田舎の道を歩いていく。

単線の踏切を越え、小さな橋を渡り、水田を横切り、長くなだらかな坂を上る。

坂を上り切ったところで、雪羽は足を止めた。

小さな丘のようなところに、俺たちは立っている。

学校への道のりはまだまだ遠く、ここで毎日休憩をとり、再び歩くという。

この地点はおよそ家と学校の中間らしいが、

なるほど雪羽は一気に長い距離を歩けない筋力だということは、見た目でも分かる。

体も脚も、雪羽は細かった。

誰かが、その体を支えていなければならない、

しかし、支えようとしてその体に触れたら、折れてしまう、

そんな風に思えるほど、雪羽は細くて弱々しかった。

そんな雪羽は切り株に座り込むと、白い喉を見せ、首を上に向け、両腕を広げ大きく伸びをした。

雪羽の様子を眺めていると、雪羽は姿勢を戻し、俺と向き合う。

この場所が大好きだと言った。

いい眺めだからだと付け加えた。

俺は周囲を見回してみた。

村の様子が、一望できた。

いろいろな場所を回り、それぞれの景色を眺めてきたが、この景色もなかなかのものだった。

なるほどそうか、と俺が返すと、雪羽はさらに続ける。

この場所は、この村で空に一番近いところだという。

空という単語に、俺はつい反応してしまう。

首を戻し、雪羽のほうに向けた。

こんなにいい天気なら、空の庭も見えるかもしれない。

雪羽は、子供のように純粋な声と瞳で、そう言った。

そんなもの、あるのか。

昨日とは違い頭ごなしに否定せず、俺は聞いてみた。

すると、予想以上に強く、返された。

あるよ。

どこかに必ずある。

そのことだけを考えている、それだけを信じている。

その瞳には、疑いがない。

要するに、始めからないと信じていたら、見えないということか。

俺は聞いてみると、今度の雪羽は首を強く縦に振った。

だから、あなたも信じてみてと言われた。

信じたら見える。

もしかしたら、見えるだけではなくそこへ行けるかもしれないから。

だという。

見えなくてもいいし、行かなくていい。

俺にはそんな興味はなかったので、そう突き放した。

すると雪羽は消えそうな声で、ひどい、と言い、見る見る落ち込んだ。

その様子があまりにも可哀想だったから、俺は謝ってしまう。

すると雪羽の表情に少しだけ元気が戻り、じゃあ信じてくれるのか、と聞いた。

俺はそこで再度呆れる。

自分の考えを、無理に人に押し付けるな。そうでなくともお前の発想はとんでもなく常識はずれだと言うことに気づかないのか。

柄にもなく、説教じみたことを言ってしまう。

そうすると雪羽は再び視線を足元に落とし、黙り込んだ。

わかってるよ、と小さな声が聞こえた。

変だと思われても、仕方ない、と付け加えた。

美しく長い銀髪が力なく垂れ、先が地面に触れる。

俺はますます申し訳ない気持ちになった。

事実を言っているだけなのだが、俺はもしかして間違ったことを言っているのだろうかという疑念まで沸き起こる。

俺が額を右手で押さえていると、雪羽は下を向いたまま、小さな声でさらに続ける。

でもわたしはそれを信じたい。考えを無理に押し付けるのは良くはないけれど、自分が思っているだけなら良いのではないか、と。

言葉は、地面に落ちて消えていく。

まあ、な。

それを拾ってもこんな事しか言えない俺は、どうにかならないのか。

二人、黙り込んでしまう。

一分ほど、沈黙が二人を包んでから。

雪羽は、悲しそうな声で、一言だけ。

 

 

一人だけで思っているのは、淋しい。

 

 

先ほどよりもさらに小さく、儚い声で。

こう言った。

空の庭という存在は、あるとき彼女が突然考えるようになったらしい。

当然、その存在があるということを共有している人間は一人もいない。

それでも雪羽は、周囲の人間に空の庭を知らないか、と聞いて回っていたそうだ。

そんなことを繰り返していれば、いずれ周囲から浮くことは目に見えていた。

そして気がついたときは、雪羽は一人きりになっていた、と言うことだ。

 

そこまで一人で語ってから、雪羽は顔を上げた。

あなたに、仲間になって欲しいと。

空の庭があると言うことだけでも、信じて欲しいと。

そう頼んでいた。

俺は呆れ返った。

この女の子は、ありもしないものを自分から生み出し、そのせいで周囲から孤立してしまった。

にもかかわらず、仲間が欲しい。

一人にはなりたくないと。

逆説じみていた。

しかし。

この女の子は、悲しそうだった。

この女の子にとって、空の庭が全てなのだ。

自分を他人に全否定され続けること、なおかつ仲間がいないこと、それは孤独でつらいことに違いなかった。

だから俺は、わかったよと言っていた。

すると雪羽は、ぱっと顔色を変え俺のほうを向き、ほんとうか、と言った。

ああ、ほんとうだ。

そう返した。

ありもしないものを見続ける孤独な少女を助け、味方になってやれる人間が、一人くらいいてもいい。

そう思ったから。

雪羽の顔に、笑みが戻ったのが見えた。

ありがとう、と聞こえた。

そんな笑顔と言葉で、呆れはどこかへ飛んでいった。

しかし、いつまでここで休憩しているつもりだ。

そう尋ねてみると、とたんに雪羽はがばっと立ち上がった。

どうやら、休憩時間はとうに過ぎていたらしい。

 

丘を下ると、そこは少し開けていた。

丘の向こう側には一本もなかった信号機をはじめ、車は通る、食事処も多くある、雪羽と同じ制服を着て歩く学生もいる。

周りの生徒たちが歩いていることを確認し、どうにか間に合ったようだと、雪羽は切れ切れに俺に言った。

走って丘を下ってきたので、息が上がっている。

雪羽以上に体力のあるはずの俺も、慣れない道を雪羽についていったので少々疲れた。

二人、ゆっくり歩く。

疲れていても、雪羽は俺にいろいろ話しかけながら歩く。

久しぶりにできた友達だからだろうか。

雪羽は俺に、ややもすれば下らない話さえも、俺に投げかけてくる。

俺は適当に、受け答えをするだけだった。

それでも雪羽は、嬉しそうだった。

丘の上で落ち込んでいたあの様子が嘘のように。

 

学校へ着く。

帰りも迎えに来てやる、と俺が言うと、雪羽は大喜びし、放課になる時間を俺に教え、その時にここで待っていてくれと言った。

そして、俺に手を振りながら校舎へと消えていく。

俺はその姿を見送ってから、雪羽の家に戻ることにした。

 

 

先ほどまで作業をしていた老婆に代わり、洗濯物を干してやる。

ついでに庭の掃除も済まし、家の中に入る。

すると老婆が茶と茶菓子を用意して、俺をねぎらった。

柿巻というものらしい。

茶をいただいていると、老婆が俺に話しかけてきた。

空の庭がどうとか、あの子は言ってはいなかったか。

ああ、と答えて俺は茶菓子を頬張った。

やっぱりね、と老婆は言い、困ったものだというような素振りを見せた。

俺は好奇心から聞いてみた。

あいつは、いつからあんなことを口に出すようになったんだ。

あたしにもわからないよ、との答えが返ってきた。

あんたは、あいつのばあさんじゃないのかと、俺はさらに聞く。

その老婆は首を振った。

血はつながっていない、そう言った。

なんだって。

驚いて聞き返した。

老婆が言うには、雪羽は五年ほど前、この村の入り口で倒れていたという。

俺は何か既視感のようなものを、そこに感じた。

そしてそれは、昨日の自分と同じだと気づいた。

はっとなった俺を見てから、

そう、お前さんと同じようにだよ、と老婆は言った。

話を続けていいかと老婆が聞くので、俺は黙ってうなずいた。

そのときの雪羽は、傷を負っていない部位のないほどに痛々しい姿で、

髪が老婆自身と同じように白くなっていたらしい。

そしてその老婆は、見るに見かねてその雪羽をかくまう事に決め込んだ。

かくまって二年か三年経ってから、あるとき雪羽はその老婆にぽろり、と言った。

自分は、母親にひどくいじめられていたと。

あるとき、逃げ出す機会が訪れ、どこへでもいいから逃げようとし、母親に追い掛け回され、やっとの思いで逃げ切り、そして次の日に髪の毛が白くなっていたという。

それからも何日も歩いて、疲れ果ててこの村に倒れていた、ということらしい。

老婆はいちどきに語って疲れたのか、ふうと長い息を吐いた。

雪羽の大体の過去は、それで理解できた。

しかし、一番肝心なところが分からないままだ。

なぜあんなにも、空の庭と言うものに固執するのだろう。

すると、それには老婆は首を横に振って、わからないと言った。

虐待を受けていたと漏らすとほとんど同じころに、雪羽は空の庭があると言い出した。

 

この広い空のどこかに、小さな庭が浮かんでいる。

それは、雲のように動き続けて。

そこには花が咲き乱れて。

そこには綺麗な水が沸き続けて。

昔から今まで、ずっとそうある。

 

何べんも何べんも聞かされた、と老婆は言った。

老婆にも分かっていたのは、それくらいだった。

俺は、そうか、と言うことしかできなかった。

自分から生み出したらしい、空の庭と言う存在。

そして、虐待を受けていたという過去。

この二つが繋がり、今の雪羽を形作っていると俺は思った。

ふと思い出して口にした茶は、悲しいほど冷めていた。

 

 

朝に雪羽を送り出し、昼は家で老婆の手伝いをし、夕方には雪羽を迎えに行ってやる。

そんな暮らしが続いていた。

俺のことを初めての友達だと言った雪羽は、暇さえあれば俺と話す。

話題のたいていは、例の空の庭のこと。

相も変わらず、はたから聞いたら馬鹿馬鹿しいと思えるような話だった。

しかし、俺はいつしか、その話にのめり込んでいった。

本当にあると信じるようになったわけではない。

ただ、その話が、

真剣になる雪羽が、

面白かっただけだ。

だから、毎日のようにその話を楽しみにするようになっていた。

この村も、この生活も、雪羽も、好きだった。

行く当てもなかった俺が、初めて落ち着いていられる場所だった。

この村で働き口を見つけて、この家でずっと暮らそうと思っていた。

なにもかも、楽しかった。

楽しかったのは俺だけではない、雪羽もそうだったはずだ。

なのに。

俺が雪羽に拾われて八日後。

雪羽は、自殺した。

 

 

朝起きたときには、雪羽はいなかった。

制服もなく、鞄もなく、靴もなかった。

何か個人的に学校に用事があり、朝早くから出かけたのかと思い気にも留めなかった。

しかし、暗くなっても雪羽は帰ってこなかった。

俺は学校まで、雪羽を探しに行くことにした。

電灯のほとんどない道を歩き、真暗な丘を登っていく。

そして、丘の頂上にたどり着いたとき。

そこで見つけた。

木の一本で首を吊っている、雪羽を。

 

どうしてこんなことになっているのか分からなかった。

衝撃で、体は動かなかった。

我に返るまで、何分時間がかかっていたのか分からない。

木から下ろしたときには、すでにその体は冷たく強張っていた。

初めて抱いたその体は、中に何も入っていないかのように軽かった。

死体を抱きしめ、俺は泣いていた。

なぜ泣いているのか分からない。

悲しいのかどうかも、自分で分からない。

ただ、闇の中で泣き続けた。

 

 

 

泣き疲れて眠っていたのか、目を覚ますと朝だった。

頭が痛かった。

秋の夜に外で眠っていたら、そうなって当然だ。

横には、もう動かない雪羽。

そのさらに横に、朝日を反射して輝くものが地面に半分埋まっているのを見つけた。

何も考えず、掘り出してみた。

それは二本の牛乳ビンだった。

どちらのビンにも、中に小さく畳まれた紙が入っていた。

ひとつは老婆に、そしてもうひとつは俺に宛てたものだった。

 

 

空の庭というものは自分で勝手に作り出したもの。

だから、存在しないのは当然だ。

それでも、どこかにあると信じたかった。

空とはとても大きなものだから。

空を見上げ、空に思いを馳せているときだけ、自分のことを小さく思え、昔に遭わされた痛みも、どうでもいいと思えることができたから。

ありもしないものを信じ続け、そのせいで一人になっても、それをやめることはできなかった。

信じることを止めるのも苦しい、しかし一人になるのも苦しい。

どちらを選んでも苦しむのなら、死んで苦しみから逃れようと思っていた。

そんな時あなたに出会った。

あなたは、わたしの話を初めてまともに聞いてくれた人。

わたしの初めての、友達。

最後の最後に、わたしの事を分かってくれる人に会えて、わたしは嬉しかった。

空の庭のことは忘れていい。

わたしの事も忘れていい。

 

 

そんな内容が、そこに綴られていた。

最後には、ありがとうで締められていた。

何度も何度も読み返した。

そして、俺を包んだものは。

今になって分かった、昨晩涙した理由は。

言いようもない、無力感だった。

 

俺は雪羽を救うことはできなかった。

救うには、力が足りなかった。

誰にも受け入れられなかったことを俺が受け入れたことで、雪羽の心は救われるまではいかなくとも、少しくらい晴れるだろうと思っていた。

甘かった。

俺は何もしていなかった。

何もできなかった。

俺は高い空を仰いだ。

そこには何もなかった。

雲も、鳥も、そして庭も。

ただ一色の、透き通るほど眩い闇。

それしか、見えなかった。

 

 

自分の無力を呪った。

そしてもう、二度と自分の非力に涙しないと誓った。

強くなると決めた。

どこかで苦しむ人間を、俺の力で救えればと思った。

それが、旅の新しい目的になった。

だから俺は、この村を出ることにした。

旅を通じて強くなるために。

 

そして、旅にはもうひとつ目的ができた。

俺が強くなるために、旅が必要な理由でもある。

それは、旅先の人間に、あることを尋ねてまわること。

旅する理由を、片時も忘れることのないために。

自分の原点となった女の子の気持ちを継ぐために。

誰にも受け入れられず、消えかけていた想いをつなぐために。

だから、俺は訊く。

これから出会う人間すべてに。

 

 

 

 

「空の庭って、知ってるか?」


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